地域限定の手話の可能性

先頃、反アパルトヘイトで功績を残した南アフリカのリーダー、
ネルソン・マンデラ氏の葬儀でのでたらめな手話で話題になった人がいましたがしたが、
何故またあのようなテレビ映りのいいところで、
あれだけのことをやってのけれたのかというのが、
不思議でなりませんでした。
今頃は病院で精神鑑定の真っ最中なのかもしれません。
それなりの服装をして式典に参加していましたので頭は正常だったと思うのですが、
手話がでたらめだった理由をどう説明するつもりなのでしょう。
ほとんど手話などやったこともなかったにもかかわらず、
何かの間違いで手話をしてくれるように指名されたのですが、
断るとどこかの国のように銃殺刑が待っているような国とも思えませんので、
謎は深まるばかりです。
南アフリカは手話の出来る人がイメージ的にも少なそうな国ですから、
とりあえず形だけでもとの配慮があったのではないかとも思うのですが、
まさか批判の矢面に立たされるとは、責任者も予想外のことでは、
なかったのではないかと思いました。
耳の不自由な人がテレビを見てることを、
想定してやってることですから、
でたらめでは問題だと思いますが、
手話というのは万国共通ではないかもしれません。
例えば日本の手話が南アフリカでも通じるようには私にはとても思えないのですが。
そうするとあの方の手話は地域限定的なものであった可能性もあります。
ですからたまたま式典をライブで見ていた他所の国の人たちが
地域限定の手話にクレームをつけている可能性も否定できません。

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